キックオフ・シンポジウムレポート 命に向き合う知のつながり―未来を構想する大学【前編】

社会が直面する諸問題の解決に向けた人文学・社会科学の新しい「学術知」の創出をめざす「人文学・社会科学を軸とした学術知共創プロジェクト」では、この取り組みを広く社会に発信するキックオフ・シンポジウム「命に向き合う知のつながり―未来を構想する大学」を、2021年3月16日、オンラインで開催しました。西尾章治郎 大阪大学総長による開会の辞、杉野剛 文部科学省研究振興局長によるあいさつの後、第1部「人文学・社会科学の可能性」、休憩をはさんで第2部「未来を切り拓く大学間共創ネットワークの構築に向けて」を実施。第1部では、事業総括者である盛山和夫 東京大学名誉教授によるプロジェクトの概要説明、プロジェクト・マネージャーである堂目卓生 大阪大学教授による今年度の活動報告に続き、鷲田清一 大阪大学元総長・名誉教授による「学問と社会 再論」をテーマとする基調講演が行われました。直言を交えて大学と学問のあるべき姿を問う示唆に富んだ内容で、そこに込められた熱い想いに多くの参加者から共感が寄せられました。

期待される人文学・社会科学の学術知

シンポジウムは、西尾章治郎 大阪大学総長による開会の辞で始まりました。人文学・社会科学に期待される役割や「人文学・社会科学を軸とした学術知共創プロジェクト」の意義、京都大学、北海道大学、東京工業大学、広島大学をはじめ、志を同じくする多くの大学や研究機関の協力のもとで始めることができた喜びとともに、ホスト校としての意気込みを表明。続いて登壇した杉野剛 文部科学省研究振興局長は、2020年の科学技術基本法改正によって自然科学とともに人文学・社会科学を重視するという国の姿勢が明確になったことに触れながら、本プロジェクトや今回のシンポジウムへの期待を述べました。

第1部「人文学・社会科学の可能性」では、初めに事業総括者である盛山和夫 東京大学名誉教授がプロジェクトの概要として、背景や人文学・社会科学の課題、事業目的や具体的なテーマ、事業体制を説明。また、プロジェクト・マネージャーである堂目卓生 大阪大学教授からは、プロジェクトの実施方法や情報発信の方法、今年度の活動報告、来年度の計画案が提示されました。

問われる問題への向き合い方

続いて、第1部のメインプログラム、鷲田清一 大阪大学元総長・名誉教授の基調講演が行われました。鷲田先生は、大阪大学副学長在任中、国立大学法人化の際に「学問と社会」について何度か論じたことがあり、その後も研究者生活を通してさらに深い問題意識をもってこのテーマと向き合ってきました。それを踏まえて今回の講演では「学問と社会 再論」と題して再び両者の関係に焦点を当て、現代の大学・学問に求められるものとは何か、プロジェクトへの提言を行いました。

まず、国立大学法人化後の大学の変化として、従来よりも社会と強く連携して多様なセクターからの支持や支援を得ることが不可欠になり、大学の存続にとって市民からの信頼がいかに重要であるかを意識せざるを得なくなったと指摘。大学自体が社会貢献をミッションとしてうたうようになり、従来の「研究教育」は、社会的責務である教育を先にした「教育研究」に変えてその評価と広報に力を入れるようになったことに加え、社会が大学に求めるものについて言及しました。
「人類社会は、今回のプロジェクトで掲げられた3つのテーマ以外にも、難民、民族対立、家族・地域コミュニティの空洞化、性差別、教育崩壊など様々な深刻な問題に直面しています。これらの問題は、政治経済や科学技術の進展や特定の国家・地域に限定したやり方で解決できるものではなく、人間の環境、生命、教育、家族、民族のあり方などについての既存の考え方を根っこから問い直すことでしか解決できません。そのような問題にどう向き合うのか、今まさに、大学や学問は社会から厳しく問い質されているのだろうと思います」

市民の信頼と「知性の公共的使用」

このような前提のもと、鷲田先生は自身の経験を例に挙げながら、今回のプロジェクトに関連づけた形で学問、そして研究者に求められるものとは何かについて論を深めていきました。まずは鷲田先生が拠点リーダーとして企画し21世紀COEプログラムに採択された研究プロジェクト「インターフェイスの人文学」での構想に言及し、人文学は異質な領域間のインターフェイスに関わっていくべきであることを強調。また、自身が副学長として設立を推進した大阪大学コミュニケーションデザインセンターに触れながら、若手研究者の育成にとって、高度に専門化された知識をどう社会に活かすのかを判断するための教養教育や、異領域の研究者を巻き込んで協力・協働できる実行力の養成が重要であると語りました。
「私たちの社会が抱え込んでいるのは、一つの視点からは見通せない複雑で不確定な問題であり、一人の専門家が全体を見渡すことはできません。その意味では、特定の分野の専門家であっても一人の素人。研究者に必要とされているのは、専門分野によって異なる分析のフレームを相互に翻訳できるような能力、研究者間だけでなく社会を構成している異なる言語を渡り歩けるような能力だと思います」

さらに、2007年から4年間、大阪大学総長を務めた間の経験にも言及しました。
「東日本大震災、特に福島第一原発事故をきっかけに大学・学問への信頼がじわじわと崩れ始めました。すべての問題に学者が正解を出してくれるという科学への信頼の過剰も危ういのですが、原発事故後に起こったその揺り戻しともいうべき、学者の言うことはバラバラで何も信じられないという、科学への不信の過剰はもっと心配でした」

大学が社会の問題にどう向き合うのかについてますます真剣に考え続けていた鷲田先生は、「その答えの一つを市民から教わった」として、当時のエピソードを披露。

原発事故で市民の間に放射能への不安が広がる中で、大阪大学の原子力工学、放射線医学、法学、ボランティア、災害学など様々な分野を専門とする教員が自分たちの知見を使って、市民の不安な思いや疑問に答える集会を開いたその場でのできごとでした。
「ある先生が『皆さんにとってどんな専門家が本当にいい専門家ですか』と聞いたら、何人かの市民が『一緒に考えてくれる人』と答えたんです。市民もスカッとは解けない極めて複合的な問題だとわかっていた。きれいな答えでなくてもいいから、複雑な問題を一緒に考えてくれる専門家が求められているのだと知りました」

鷲田先生は、「研究者が自分のために研究するのではなく、市民や社会が抱え込んだ問題を一緒に考えるということは、言い換えれば、研究者が自分の知性を自分の利益のために使っていないということ。それが研究者や大学への信頼の根っこにある」と示唆。「哲学者カントが、『知性は私的に使われてはならない、公共的に使われなければならない』と述べ、それを『理性の公共的使用』と呼んだ、そのような学問・研究者の姿勢が市民の信頼をもたらし維持する」と述べました。
「大事なのは、カントの言う知性の私的使用とは『自分が得するために使う』ということだけではなく、社会・集団の中で自分にあてがわれた立場に従って行動することも含まれていること。職業上のミッションや立場から従わざるを得ないとしても、割り当てられた職務を吟味しないまま無批判的にふるまうことは知性の私的使用にあたり、市民の信頼を削ぐことにつながるということです」

研究者や大学の窮状に絶望

大学・研究者は知性を公共的に使用しているのかを巡って、鷲田先生は「大学に絶望した経験」も語りました。その一つは、21世紀COEプログラムのあり方についてでした。様々な研究において大学を超えた連携を可能にするハブ拠点の形成を目的としたプログラムだったはずなのに、実際に起こったのは大学間競争だったと指摘。加えて、「研究者がプランナーのように大風呂敷を広げ、裏付けや評価のための資料作成など、ある種無用な仕事に時間を費やすようになった。研究の活動原理が市場的な競争原理へとずれてしまったことが非常に残念だった」と振り返りました。

もう一つは、民主党政権時代の政策コンテストに対する大学の対応についてでした。政策コンテストとは、「元気な日本復活特別枠」という予算の編成において、パブリックコメントとして集めた国民の声を反映させようという画期的な試みでした。
「政府各省に届いたパブリックコメント36万件強のうち文科省に届いたのはその3分の2を超える28万件強で、そのうちの6割が大学関係者からのコメントでした。問題は、大学関係者が、当事者として研究・就労環境の改善について要望を出したことにあります。法人化後の大学の厳しい現状、特に若手研究者や大学院生の悲鳴のような声を届けようとしたことは理解できます。大学側としても文科省への要請を奨励したのも事実です。しかし、研究者とは、社会のあらゆるセクターの様々な局面を取り上げて研究し、そこで起こり、そこに孕まれている問題について一番詳しい人たちです。市民や現場の人たちに代わって訴えるべきことはたくさんあったにも関わらず、自分たちのプライベートな領域の要求・要請を優先した。大学人は、社会のレフェリーからプレイヤーに立場を変えたのです。カントの言い方をすると、恵まれた『知性を私的に使った』。研究者はここまで追いつめられているのか、大学の窮状はここに至ってしまったのかという絶望的な気分になりました」

客観的に批評し責任をともに担う

このような自身の体験に基づいて、鷲田先生は今回のプロジェクトにいくつかの提言を行いました。最初に述べたのは、「学術研究の必要性に立ち返ること」です。「人間は、個人としても集団としても、時代や歴史の中で自分の立っている位置をできる限り正確にとらえることで、自分たちが歩むべき道筋や方向性を見つけていく存在です。社会が内蔵する、絶えず自己検証を行い正しい方向に歩んでいるのかをチェックする装置の役割を果たすのが学問です。だから大学・学問は、社会や時代に対してしっかりと距離を取り正確に客観的に検証することが必要です。しかし一方で、単なる第三者として日和見的になるのではなく、社会の一メンバーとしてともに社会の問題の解決に責任を負っていくことも不可欠です。ベクトルとしては正反対のこの二つの態度をともに担わなければならないのです」。この話を踏まえ、フランスの哲学者ジル・ドゥルーズの評論集のタイトルに使われた『クリティック・エ・クリニック(批評と臨床)』という言葉を、二つの指向性・姿勢が的確に表されている魅力的な表現だとして紹介しました。

また、このような態度を実現するには、「問いのデザイン」が大切だとも指摘。「与えられるものでも諮問されるものでもなく、真に問われるべき問いとは何かを探求する作業から始めなければなりません。明日でなく明後日の社会まで視野に入れて、社会の抱え込んでいる問題を取り出していく必要があります。そのためには、学術機関の自由な組織原理として、自らを裁く原理を自分自身の内に持っていることが重要です。それはある職人のすごさやいい加減さは職人こそが判断できるという、職人の世界と同じものでしょう。研究者の世界には、研究不正に対して自分が行っている研究への侮辱と考えるような職人的なエートスが、しっかりと維持されていなければならない」と述べました。

同時に、実際に問題を発見し社会的に解決していくうえで、「研究者としての責任を引き受ける覚悟」の大切さにも言及。「このプロジェクトが研究者や大学側からの『している感』を発信するだけでは単なる自己満足にすぎず、大学への社会からの信頼はますます遠のきます。傍観者のように安全地帯から現場に関わるのでなく、公共の事柄をともに担う、第三の場所からともに考え行動するものであってほしい」と求めました。

加えて「これだけは伝えたい」と強調したのが、研究者には市民があきれるほどの伸びやかさを持ってほしい、ということ。「大学は社会の実験場であるべき」という持論を改めて提示し、「大学はいつでもやり直しがきく機関だから、世間ではリスクが大きすぎて許されないようなことこそ進んでやってほしい」と述べました。また、自分の研究についてイメージ豊かに語り、他領域の人たちの独特のこだわりを理解したうえでそれを深く刺激するような訴えかけができるチャーミングさの重要性にも着目。「のびやかさとチャーミングさこそ、カントの言う『知性の公共的使用』を育むもの」だとしました。

さらに、大学からのアクションだけではなく、市民の学び知る権利を迎え入れて引き受けるリアクションの大切さにも触れ、大学を市民に対して徹底的に開いていく必要性を語りました。そして、大学が本当に社会、市民、多様なセクターから信頼を得て研究・学問が存続していくための大事な役割を担うものになるだろうというプロジェクトへの期待感を述べて、約1時間にわたる示唆に富んだ講演を締めくくりました。

続く後編では、本シンポジウム第2部「未来を切り拓く大学間共創ネットワークの構築に向けて」の内容をレポートします。

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