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論点抽出記事(詳細版):WS09〜平和へのアプローチ―学問と実践の共創―〜

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「人文学・社会科学を軸とした学術知共創プロジェクト」では、2022年3月22日、第9回ワークショップ「平和へのアプローチ―学問と実践の共創―」を開催しました。
冒頭、テーマ代表者の大阪大学大学院人間科学研究科の稲場圭信教授から、社会における分断は、多様な要素が無秩序かつ複雑に絡み合うことで存在し、文化や宗教、経済構造など多くの要因がそれぞれ深く関与していることが課題解決を非常に困難にしていると指摘しました。そして、社会における分断の構造を乗り越えるために学問と実践の共創を一歩一歩進めていく重要性に言及しました。その上で、海外における紛争地が抱える状況や難民問題など具体的な事例を取り上げ、平和へのアプローチにおける実践と共創する学術の可能性を徹底的に議論したいと、本ワークショップの趣旨を語りました。
続いて、パネリストによる話題提供とそれをベースにしたセッションが3回行われました。最初の話題提供では、広島大学大学院人間社会科学研究科の吉田修教授が「『与える』から『学ぶ』へ:研究者が関わるミンダナオの平和構築」と題して、紛争後の和平プロセスの中で樹立された自治政府の行政能力開発を支援する取り組みの経験から、日本の行政活動の中で培われた理論や概念を平和構築に活かすことができる可能性を示しました。2回目は、大阪女学院大学国際・英語学部の奥本京子教授が、「平和紛争学における芸術アプローチ:東アジアの実践から」と題して、暴力と平和の間にあるコンフリクトを可視化・顕在化させ、平和の形へとトランスフォームさせていく方法を提示し、その実践として行っている演劇や語りなどアートを通じた平和教育プログラムを紹介しました。最後は、明治学院大学国際平和研究所の米川正子研究員が、「下の視点から平和を考える:難民、国連PKO(平和維持軍)、グローバル社会」と題して、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の職員としての経験を述べながら、難民の発生には平和構築・国家建設の副作用という側面があるのではないか、PKOは本当に平和維持や平和構築に役立っているのか、といった問いを投げかけ、グローバル社会が紛争の加害者になり得る危険性を指摘しました。
各セッションは、広島大学学術院の片柳真理教授、広島大学大学院人間社会科学研究科の桑島秀樹教授をモデレーターに、稲場教授とパネリストの他、多様な分野の研究者・実務者を交えて計12名で活発に行われ、熱のこもった議論が展開されました。それら議論の内容を、以下の4つの論点にしたがって整理しています。

論点による整理

【論点1】人類が自分たちすべてを殺戮する軍事力を持ってしまった中、「平和」をどのように構築していくのか

「平和を作っていくプロセスや仕事、研究や実践は、様々な分野からアプローチし、協力、役割分担し合うことが必要」(平和学)
「それぞれの地域・土地からやってきた人間として出会い、当該者としての新しいアイデンティティを構築する試みを行っている。語りや身体表現などを通して、偏見、差別、ビジョンなどが可視化され、ぶつかり合い、化学反応みたいなものが起こっていく。自分も認識できなかったような本心が形になることを模索している」(平和学)
「具体的な他者に会うと、相手が属するカテゴリーだけで捉えるのではなく個人であることを強く認識する。その結果、歴史上の問題を克服しやすくなる」(心理学)
「紛争などの問題があったときに、正面から行く方法とソフトアングルから行く方法がある。芸術やスポーツは、ソフトアングルから入る上で非常に効果的」(経済学)
「アート活動、演劇活動などには、個人を社会的な立場から解き放ち、言いたいことが言える機会を提供する効果があるのではないか」(心理学)
「アフリカはヨーロッパに比べると支援が少ない。1994年に起こったルワンダのジェノサイドの後、ブトロス・ブトロス=ガーリさんは『アフリカの命は軽い』と述べている。これは本当に変えなければいけない。たとえば、『発展途上国』という呼び方をすることで、私たちより下にいる人というマインドセットが定着する。小さなラベリングから変えていく必要がある」(国際関係学)
「紛争では、たとえそれが被害妄想であっても、自分たちが脅威にさらされていると思っている人の不安感や恐怖を、強い側が気に留めないと大きな問題が起こる。紛争の研究・実務に関わってきた今までの経験からそう思う」(法学)

【論点2】個別性の高い専門知・経験知を、いかに平場に出し合い・活かし合う相互補完的なコミュニティを築いていけるか

「行政における概念を平和構築学の中の概念として定着させていくためには、専門家である行政学者、行政の実務家との協力関係が必要。行政分野が平和構築に果たす役割の重要性、今後の発展の可能性が広く共有されるプロセスをつくっていく必要がある」(国際政治学)
「研究者の強みは、他国や過去の歴史との比較などによる高度な分析力があること。こうした研究者、大学の付加価値を前面に押し出すことにより、実践者側は大学との協力が大事だと改めて気づかされる」(政治学)
「心理学は、心理的なメカニズムから、なぜ人は紛争を起こすのか、なぜ敵対するのかという問題を扱う。研究成果は各ケースに応用可能な部分もあり、他分野と学際的に協力できる余地があるだろう」(心理学)
「平和へのアプローチは軍事へのアプローチになり得る。学術研究や技術が搾取される危険性を、研究者や実践者は常に意識しておく必要があるのではないか」(哲学)
「報告書を公開しても読まれない。デジタルテクノロジーの時代に乗った報告の仕方を検討する必要がある」(政治学)
「報告書は成功事例の利活用のきっかけにもなる。視覚的に訴えることが必要か」(法学)
「ワークショップでも、交渉のテーブルでも、ルールや手順に乗ってきてくれたら、多少なりとも結果が出てくる。ある一定のことが達成されていることになる」(平和学)
「各地域の研究者だけでなく、難民の当事者との連携も必要。一緒に議論ができるといい」(国際関係学)
「世俗とは離れたところで宗教間対話を繰り返しやってきている国際機関、例えばWCRP(世界宗教者平和会議)など、宗教者の活動に注目したい。紛争等では平和構築に向けて活動できるのではないか」(その他)
「良かれと思ってやっている援助が結果的に悪になっているというのは、ありがちなこと。JICAのような援助機関は、常に自戒しなければならない」(政治学)

【論点3】補完行政や難民支援等の個別的・具体的な取り組みに対して、学術はどのように応えることができるのか

「政策提案に対して、長期的にどういった効果が出るのかという評価が必要とされている」(政治学)
「実務家から学問研究に対して、個別の経験をある程度汎用可能な形で理論化・抽象化するという営みが求められている」(政治学)
「平和構築に関して『西欧諸国による押し付け・上から目線』というようなことはよく議論されている。(国際関係学)
『暴力的な男性性に依存している軍隊が、本当に平和のために活動できるのか』というフェミニズム研究者の疑問は、PKO活動にそれまでにない視点を提供した」(国際関係学)
「難民やPKOに関する研究者の政策提言は、一部国連に届いているものもあるが、無視されたものもかなりある」(国際関係学)
「難民は常に犠牲者だと言えるか。場面・場所・環境によって、立場が異なることもあるのではないだろうか」(哲学)
「難民には犠牲者もいるが紛争アクターになってしまう人もいる。紛争は民族対立が原因だとよく言われるが、アフリカでは領土問題の方が強い。紛争の研究・原因を深掘りする必要がある」(国際関係学)
「善意であっても、結果的に現場の人たちのためになっているのかどうか、自覚的であるべき」(社会学)
「日本で難民問題というと、受け入れに議論が集中する。しかし、難民受け入れは一時的な解決策に過ぎず、出身国に平和をもたらせることにエネルギーを使うべきだろう。日本では、もう少しグローバルな視点で語られる必要があるのではないか」(国際関係学)

【論点4】「平和」や「紛争」という意味の多義性を持つ言葉を解きほぐしつつ、世界を平和に導く仲保者的な役割をどのように果たすことができるか

「欧米では、普遍的に適用可能なグランドセオリーをつくることが評価される文化がある。だが、美しいセオリーが、個別具体的なものにうまくあてはまるとは限らない。日本にはグランドセオリーをつくるという学問風土はないと思われる。欧米的なトレンドに待ったをかけるのは、日本の学問の役割でもあるのかもしれない」(政治学)
「芸術の役割が今ほど重要な時代は他にない。芸術が二元論や社会の軍事化に抗する役割をどう果たしていくか、瀬戸際的な役割を考える必要がある」(政治学)
「政治化していくアートは、それ自身が大きなテーマ。暴力を助長するアートはきちんと認識する必要がある」(平和学)
「広島に対しては、国内より国外においての方が、より一般的な意味での平和のシンボルとしての期待が大きい。そういう期待に応えるということ自体が広島にとっての付加価値ではないか」(国際政治学)
「普遍的なモデルが、単に普遍的であるだけでなく、歴史や様々な環境にフィットしていることが重要」(国際政治学)
「ロシアのウクライナ侵攻問題では、他地域に比べ、ウクライナ支援の手厚さが際立っており、そこに欧米の人種上の偏見が表れているとも言える。日本人は、こうした傾向にある意味で敏感になれる立場にあるが、気付いていない人も多い。関心を寄せない、忘却することによって意図しない間に内戦・紛争への加害者になり得る、ということを意識すべきではないか」(政治学)
「現実的に暴力が起きている現場でそれを止めさせることに対して、平和研究やその他の分野の研究者が答えを出せなかったことが、次々と明らかになっている。その中で何ができるのか、どういうことが少しでも効果があるのか、すごく難しい問いである。」(その他)
「長い年月をかけて一つ一つ取り組みを検証し、その蓄積のもとに、人間というものは、どんなコンフリクトでどんな動きをするのか、といったことを見ていくことも必要」(社会学)

ワークショップの概要は、以下よりご覧ください。

第9回 学術知共創プロジェクトワークショップ ~分断社会の超克~

テーマ代表者:稲場圭信 大阪大学大学院人間科学研究科教授

ご案内リーフレットはこちら(PDF)

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