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記事(詳細版):WS03~ワークライフバランス~

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研究者と実務担当者による密なコラボレーション

多様な学術知や価値観が交差する共創の場を創造し、社会の諸問題に向き合う「人文学・社会科学を軸とした学術知共創プロジェクト」では、その最初のステップとしてワークショップを開催しています。その3回目「将来の人口動態を見据えた社会・人間の在り方―ワークライフバランス」が、2021年2月9日、32名の参加者を迎えて開催されました。経済学、経営学、社会学、心理学、歴史学、看護学など多様な分野の研究者のみならず、企業・行政の実務担当者も数多く加わった議論は非常に実りの多いものになりました。


冒頭、テーマ代表者の大阪大学大学院経済学研究科・大竹文雄教授が、ワークショップの主旨を説明しました。ワークライフバランスは、人口が減少していく社会において労働力率を高め、生産性を上げる切り札となること、柔軟な働き方を進めることは、長時間労働による健康問題の解決はもちろん、男女間格差の解消、イノベーションの促進など様々なメリットにつながることを指摘。行動経済学者として企業や行政との共同研究で得た成果を例に挙げながら、柔軟な働き方を阻む要因が、雇用慣行や技術革新の度合い、労働や育児などに関わる法整備や制度、男女の役割分担といった社会の価値観、メンタルヘルスの問題など非常に多岐にわたることを示唆しました。そのうえで、経済学、経営学、社会学、心理学などだけでなく理系分野も含めた様々な分野の研究者と、実際に現場でワークライフバランスの施策を推進している企業や行政の担当者が一堂に会して横断的な議論を行う意義に言及。ワークライフバランスを達成するための社会制度の設計・実装につながる研究課題の設定と研究チームの構築というワークショップの具体的な目標が示されました。

研究者から議論を深める2つの視点を提供

今回のワークショップは、研究者と企業の実務担当者がそれぞれの問題意識に基づいて問いかけを行い、それを受けて議論を深めていく点に特徴があります。まずは、研究者2名によって、それぞれ違う観点からの問いかけが行われました。一つは、異分野が融合する学際的プロジェクトを成功に導くチームビルディングのヒントについてです。健康心理学者である話題提供者が、がん医療における意思決定をテーマに、医師など医療現場の実践家と、公衆衛生学、予防医学、労働経済学、行動経済学など異分野の研究者との5年にわたる共同研究を推進した経験を具体例として提示。フラットに議論し合い、共通の課題に対するそれぞれの分野からの見方を共有することの重要性や、共通の課題解決につながるアウトプットを必ずつくることが生産的なプロジェクトにつながるといった協働のポイントが語られました。さらに、戦略を立てて資金を調達し、生み出した成果の公開とそれによる評価の獲得を通して次の資金獲得を容易にするというループを上手に回す、研究マネジメントの重要性も強調されました。


もう一つは、物質的・金銭的豊かさだけでない豊かさの指標として主観的幸福度を分析する新しい経済学「幸福の経済学」の視点を取り入れた、行動経済学者によるワークライフバランス評価への提言です。幸福の経済学では、人々の絆の深まりや共同体への貢献から得られる充実感を「エウダイモニア」と呼び、伝統的な経済学が評価する消費や余暇の生活満足度である「効用」よりもエウダイモニアが重要だとする「徳倫理」という倫理観を導入していることについて解説。効用を重視するとGDPを増やすために労働を奨励する政策になるが、徳倫理も考慮すると親子の絆を深めようとするから生産重視にはならないといった違いや、経験によってエウダイモニアに気づくことの大切さを、自身の研究などに言及しながら紹介。ワークライフバランスの評価において、エウダイモニアや徳倫理を視野に入れることの重要性を示唆しました。

企業担当者から働き方における具体的な問題点を指摘

次に企業人からの問いかけとして、製造業3社の人事担当者からワークライフバランスの取り組みや課題についての報告がありました。


A社の報告では、法改正などに伴って法定基準プラスα程度の制度整備を行ってきたという、これまでの取り組みの歴史を概観。現在は、育児休業制度、短時間勤務制度、フレックス勤務制度などを自由に活用してワークライフバランスを実現している女性社員がいる一方、男性社員の育児休業制度があるものの職場の雰囲気として取得しにくいといった、性別によるギャップが生まれているという現状が述べられました。その背景の一つには、中高年社員を中心に「古き良き日本の性別分業意識」や長時間労働をよしとする風土があり、制度を変えても働き方が変わらないという課題が挙げられました。

B社の報告ではまず、一般論として、以前から進んでいた日本型雇用の変容が加速し、企業には働き手の多様化への対応や質を高める組織運営が求められているという問題意識を共有。具体的な課題の例としてダイバーシティ・インクルージョンの取り組みにおいて、製造業では働く人の同質性がメリットにつながる側面があることからダイバーシティの有効性が組織全体には浸透しづらいことに言及。また、育児休業や時短勤務などを活用する制約のある社員と制約のない社員とのアンバランスや、チームへの貢献や成果を公正に評価できる仕組みづくりといった課題も示されました。そのうえで、社員の多様なニーズに対応しながら組織の競争力を維持し収益を上げ続けるレジリエントな組織をめざすために、従来からの価値観を持った多数派社員をも巻き込むような働き方改革がどのように実践できるのか、研究者とともに考えたいというワークショップへの期待が述べられました。

C社の報告では、ワークライフバランスやダイバーシティ、働きやすさなどの推進のために独立したプロジェクトチームを結成し、人事部との協働で推進している現状を説明。ワークライフバランスの定着支援からダイバーシティ推進や働き方改革へ、さらに労働力の確保をめざしたワークライフインテグレーションという視点での施策へと変化してきたプロセスが示されました。育児休業やテレワークなど早い時期から制度面の充実を図ってきた一方で、上司のマネジメントレベルのバラつきが不公平感を生んでいること、価値観の多様性やギャップに対する意識において、世代や男女で大きな差が存在していることなど、目に見えない壁の存在を指摘。さらに、多様化する従業員の働き方ニーズと利益や生産性を上げるというビジネスの目標とのバランスを取る難しさにも言及。生産性の向上の指標を何にするのか、制度面だけでなく心理面でのアプローチの必要性といった問題点についても語られました。

多様な視点で議論が育っていく面白さ

後半は、5つのグループに分かれてディスカッションを行いました。異分野の研究者、企業の実務者、行政の実務者が必ずグループメンバーに加わる多様性に富んだ議論の場づくりを徹底。グループ内で簡単な自己紹介をしたうえで、ワークライフバランスという大きなテーマの中でどのような研究課題が可能になるか、そのためにどのようなメンバーが必要なのかを柱に、多岐にわたる視点からの白熱した議論が交わされました。ディスカッションの終了後には、全員が集まる中で各議論の概要が代表者から発表され、自由に質問やコメントを述べながらさらに議論を深めていきました。
 
グループ1では、研究課題になりそうな問題点の抽出と産官学協働の方法の両面から意見を述べ合いました。研究課題については、企業内に雇用形態の違う従業員が存在している現状を生かして雇用形態と生産性や満足度の関係性を明らかにできないかという意見や、在宅勤務によって家事労働のシェアが進み仕事へのモチベーションも上がるという実感が科学的に証明されれば、ワークライフバランスの効果を経営陣に納得させられるといった意見が出ました。また、産官学協働の方法については、労働や雇用に関する国の統計をどこまで活用できるか、企業からのデータ提供においてはビジネス上のメリットがない場合は協力を得にくいといった課題が指摘されました。一方で、企業では、従業員一人ひとりが生き生きと活躍できる職場づくりについてデータをきちんと取って政策として推進する動きが出てきているという状況や、共同研究をCSRとして捉えてデータ提供を促す可能性についても議論されました。全体討議の場では、仕事に対するやる気や健康状態の把握などにおいて理系とのコラボレーションができないかが論点となりました。質問票調査以外で行動や感情を捉える方法として、会議中の笑顔の数を拾う、口角の角度や瞳孔の開き具合などで体調を判断する、といった技術的なアプローチでの共同研究の可能性が示唆されました。

グループ2では、ワークライフバランスを巡る関心として、テレワークの普及による健康問題や職・住居・世帯構造の選択への影響、経済効果について、男性の育児・家事参加や男女の賃金格差、サスティナビリティとダイバーシティ・インクルージョンとの関わりなど多様な論点が出されました。また、ワークライフバランス推進のあり方について、制度の改革などを通してトレンドを強力に生み出すことが重要という意見が出た一方、仕事の捉え方に対するマインドセットや性別役割分業意識を変えないと制度だけでは変わらないという意見も。労務政策においてはトップダウンが重要であること、研究者がモデルとなる制度の紹介や制度設計などを行う必要性にも言及されました。さらに、次世代を担う人たちの価値観に影響を与える教育について考えることも重要だという指摘もありました。全体討議では、テレワークによるメンタルヘルスへの対応が議題に。顔認証技術でストレスチェックができるのではないかという提案やAI技術を持つ企業との共同研究の可能性も語られました。

グループ3では、前半で示された製造業の事例は全体としては特異なケースであり、サービスやITなどの業界や仕事と生活の空間がオーバーラップしている中での働き方など、もっと幅広く捉えて相対化していく必要性が指摘されました。製造などの現場では非正規社員と正社員の二極化が進みホワイトカラーにも波及していることや、ワークライフバランス以前に仕事と能力のアンマッチの問題が起きている現状も踏まえ、労働者の能力開発や生活保障などに目を向ける必要も議論されました。さらに、仕事の変化に応じて個人がどのようにワークライフバランスを保つのかが重要であることにも言及。企業が労働時間を管理したり休業機会を提供したりするだけでなく、ライフコースを描く能力を育成する教育や、個人が自分の事情に応じて交渉できるようなカルチャーの形成なども論点になりました。歴史学の観点から、働く・働かせるということに対する習慣的な考えを相対化したり、教育系の学問の知見を加えることによって職業能力と生活能力とを総合的に理解させる教育を考えたりするなど、経済学以外の分野との協働の可能性も議論。全体討議の場では、中小企業や非製造業のワークライフバランスへとテーマを拡大する意義についても検討されました。

グループ4は、ワークライフバランスの推進には制度を変えるだけでなく風土を変える必要がある、という企業の実務担当者の意見を軸に議論を展開。制度が明文化されたものであるのに対して、風土は暗黙の慣習や考え方、行動様式であるとの示唆がありました。そこで、アンケート調査などから風土の因子を抽出できる、暗黙のルールを行動経済学や認知科学の実証実験であぶり出すことができる、暗黙のルールがワークライフバランスを進めるうえでどのような要素に影響を与えるのかを時系列で見ていく必要があるといった様々な意見が交わされました。また、実際に社員が取る行動の因子を解析する必要性にも言及。たとえば、育児休業を1年間取得する人が多いが、1年という設定は仕事を継続するうえで支障になるという問題を取り上げ、なぜ1年なのかを検証するなどして望ましい行動様式に導けるといった議論がありました。全体討議の場では、制度と風土のインタラクティブ性の問題や、臨場感のある遠隔コミュニケーションの研究などとの協働の可能性にも言及されました。

グループ5では、企業がダイバーシティ・インクルージョンを進めるうえで直面している課題に焦点を当てました。育児休業から復帰して制約がありながら働く人が多くなることで生まれる不公平感をはじめ、評価や報酬への反映が難しいという課題に対しては、パフォーマンスを適切に評価できる制度かどうかのチェックや、制約がある人も精神的な負担を感じなくて済むような人材管理の仕組みをつくる意義が議論されました。また、ダイバーシティ推進に対しては、部署に合ったダイバーシティ推進や評価の必要性が論点に挙げられたほか、経営戦略に貫かれた人事制度、組織の特性に合わせたチェンジマネジメントを進める重要性にも言及されました。全体討議の場では、ダイバーシティの評価の問題、働くこと、働かせることに対する価値観の多様化が今後ますます進み、評価や育成なども含めて従来にない方法論が必要だという問題意識も確認されました。

グループディスカッションで取り扱ったテーマ以外にも、ワークショップ自体のジェンダーバランスの問題、ワークとライフのせめぎ合いに直面している人にとってリアリティのある論点の必要性、これから社会に出る人のワークライフバランス観への配慮、企業利益の最大化につながるワークライフバランス研究の重要性など、多くの気づきを共有。これからさらに幅広い議論の展開が期待できる、密度の濃い内容となりました。

ワークショップの概要は、以下よりご覧ください。

第3回 学術知共創プロジェクトワークショップ ~将来の人口動態を見据えた社会・人間の在り方~

テーマ代表者:大竹文雄 大阪大学感染症総合教育研究拠点特任教授(旧 大阪大学大学院経済学研究科教授)

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