「人文学・社会科学を軸とした学術知共創プロジェクト」では、2021年8月30日、第4回ワークショップ「将来の人口動態を見据えた社会・人間の在り方〜コロナ対策を再考する〜」を開催しました。
冒頭、テーマ代表者である大阪大学感染症総合教育研究拠点・大竹文雄特任教授が、ワークショップ開催に当たっての問題意識を示しました。政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議に経済学者として参加した経験から、様々な学問分野の研究者が政策分析に協力できる体制構築の重要性を指摘しました。
続いて、3人のパネリストが、それぞれ専門の立場から話題提供とパネルディスカッションを行いました。感染症専門医として新型コロナ感染症治療にあたり、医療現場から感染症対策についての発信を積極的に行った大阪大学大学院医学系研究科・忽那賢志教授は、リスクコミュニケーションの専門家の必要性とともに、パンデミック下における日本の臨床研究体制が海外に大きく後れを取っていることを指摘しました。公衆衛生の専門家として専門家会議のメンバーとして参加した国際医療福祉大学大学院医学研究科・和田耕司教授は、国民レベルでの危機感共有の難しさや行われてきたコロナ対策についてきちんとした政策評価を行う重要性を問いかけました。マッチング理論やマーケットデザインを専門に研究する東京大学大学院経済学研究科・小島武仁教授は、マーケットデザインの知見を活用したワクチン接種の制度設計や、医療従事者の適性配置、自治体と政府との役割分担など長期的な課題を指摘しました。
その後、参加者22人による全体討議が行われました。議論の内容を、抽出された論点に沿って以下に分類しています。
論点による整理
【論点1】社会変容に対する学問間のコミュニケーションの必要性
医療の喫緊の諸問題に対して人文学・社会科学の「知」を活かしきれていないのではないか
○社会との関係
「ワクチン配布や医療従事者の配置などの課題に対して、問題の解決につながる知見が経済学にはあることが知られていない」(経済学)
「行動抑制やポジティブな行動の促進など、政策や行動変容に役立つ心理学の知見はあると思うが、役立てられていない」(心理学)
「人文社会科学の知が社会に生かせる、有効であるという認識を社会で共有することが必要」(心理学、経済学)
「アカデミアと社会とのディスコミュニケーション。研究がメディアに紹介されて初めて社会に届く、という側面がある」(経済学)
「専門知は、(緊急時に)社会から期待されるスピードに対応できていない。実務レベルで素早く応答できる体制づくりが必要か」(経済学)
○個別の課題への対応
「重症度の高い新興感染症への体制整備は重要。すべての医療者が診療する体制が必要」(医学、経済学)
「医療リソースの問題に経済学の知見を活用できるのであればやるべき」(実務家)
「臨床研究をスピーディに行える体制が整っていない。欧米に後れを取ってしまう現状がある」(医学)
「課題解決のための知見を生み出す臨床研究、特に緊急性の高い問題を扱う場合の研究倫理について、倫理審査をどう進めるべきか検討する必要がある」(倫理学)
「ワクチン接種は結局、早いもの順になってしまった。緊急時にどうあるべきか、公平性と効率性が確保できる分配の仕組みを確立しておく必要がある」(経済学)
「出口戦略であれば、ロックダウンが必要なのか、インセンティブを付けることで何とかなるのか、知見によって提示できるのであればやるべき」(倫理学)
○研究コミュニティ側の問題
「コロナ危機は『公衆衛生の危機』と『社会経済の危機』の二面性を持つ。このような潜在的な多面性を持つ社会課題をどう紐解くか。また、異なる知見を持つ分野間のコミュニケーションをどう進めるか」(経済学)
「政策研究の難しさとして、特に若手研究者へのインセンティブがないことがある。緊急時に一時的にでも研究に専念できる制度、社会実装に関する業績評価などが必要ではないか」(経済学)
【論点2】社会に対する情報発信(広告・広報)の課題と在り方
社会に対する情報発信(とりわけ政府から国民に発信される情報やメディアで取り上げられるもの)に対して、今後に活かすべきことがないか
○危機感の共有
「多様な当事者を相手に、危機感をどう伝えどう共有するか。正確に伝えようとするほど伝わらない問題もある」(医学)
「情報提供と危機感の共有については、怖がらせることと原因を伝えることのセットが必要。また、どの程度怖がらせるのか、どこに原因があると思わせるのがいいのかが問題。」(文化人類学)
「危機感の共有をどう行うべきか。『身元のわかる被害者効果』が知られているが、個人情報を含む実例報道についても検討が必要」(倫理学)
○情報発信
「特に若い人について、利己的より利他的な行動につなげるにはどのようなアプローチが有効か」(医学)
「情報の目利きは、専門家でも難しい。正しい情報を、受け手が正確に受け取れる情報はどう発信できるか」(経済学)
「国の、リスクコミュニケーションの正式なポジションから正しい情報を発信する必要があるのか。また、国と同じような情報を、その周囲で専門家が発信するのがよいのか」(医学)
「ターゲットにとって最良の広報の仕方、メッセージの出し方を、事前にテストし検討できる体制づくりの必要性」(経済学)
【論点3】国、地方自治体のガバナンスの在り方
国・地方自治体のガバナンスの在り方に学術知を活かせないか
「国が政策として明確なメッセージが出せず、国民に判断を任せきりにしている状態が続いたことによって、行政への信頼が落ちていくという問題がある」(心理学)
「自治体がアカデミアの支援を求めにくい環境があるのではないか。入札など公平性・透明性の担保が枷になり、ネットワークが生まれにくい状況がある。自治体が『閉じてしまっている』という印象がある」(医学)
「医療と経済など多元的なものや、ポストコロナなど不確実なものを含むのが新型コロナの問題。矛盾があっても何かに決めて進まなければならないこともある。そのような一義性が必要とされる場合に、多様性や多元性をどう担保できるのか、人文学はその価値を提案できるのではないか」(哲学)
「コロナ対策の前半で、経済か感染対策か、という議論になったことはマイナス。どうバランスを取るのか、議論や対話を続けそのプロセスをオープンにしていくことが重要」(実務家)
以上の論点の他、コロナで亡くなる人に注目が集まる中、コロナ環境で苦しむ人々について何らかの解決策を考えるべきではないかという議論も出されました。
ワークショップの概要は、以下よりご覧ください。
第4回学術知共創プロジェクトワークショップ 将来の人口動態を見据えた社会・人間の在り方〜コロナ対策を再考する〜
テーマ代表者:大竹文雄 大阪大学感染症総合教育研究拠点特任教授(旧 大阪大学大学院経済学研究科教授)