「公共」から考える大学が担うべき役割
社会が直面する諸問題の解決に向けた人文学・社会科学の新しい「学術知」の創出をめざす「人文学・社会科学を軸とした学術知共創プロジェクト」では、第2回シンポジウム「未来につなぐ知―公共の要としての大学」を、2022年2月15日、オンラインで開催し、230名を超える視聴者が参加しました。
事業総括者である盛山和夫 東京大学名誉教授によるプロジェクトの概要説明、プロジェクト・マネージャーである堂目卓生・大阪大学教授による今年度の活動報告に続き、モデレーターを含むパネリスト6人による議論に入りました。
冒頭、モデレーターである大阪大学社会技術共創研究センター・標葉隆馬准教授が、シンポジウムの趣旨について説明しました。まず、科学技術イノベーション基本法の改正など転換点にある日本の科学技術の現状を踏まえ、人文社会科学への期待、学術の役割に対する考え方の共有・発信の重要性の高まりに言及しました。そのうえで、イギリスのREF(Research Excellence Framework)によるインパクト評価を取り上げ、多様な学術の貢献・役割・期待を評価しようとする世界的な潮流を紹介。論文など従来のスキームでは評価されにくいが、社会とのつながりの中で重要な役割を果たしている学術的活動が数多くあり、知識生産におけるネットワークの拡大が持つ価値についての評価が高まりつつあることを示しました。このような背景を述べたうえで、知識生産は大学だけでなく企業、地域、行政など多様なステークホルダーが関わるエコシステムであると指摘し、その中で大学が担うべき役割を「公共」というキーワードに基づいて議論するという主題を提示。特に、知識がオープン、コモン、オフィシャルであるために人文社会科学がどう貢献できるのかについて、様々な論点や議論を期待したいと述べました。
「知恵」「不信頼」「責任」など多彩な論点
この後、5人のパネリストが順に話題を提供しました。熊本大学大学院人文社会科学研究部・石原明子准教授は、専門である紛争解決学が社会問題の解決にどのような役割を果たすのか、石原准教授自身の水俣・福島の研究を例にあげて説明しました。水俣と福島というともに分断に苦しむ地域間をつないだ事例を取り上げ、人々に変容をもたらしたのが知識だけでなく、課題に向き合ってきた現場から生まれた「知恵」であることと指摘。そこにある知識と知恵の生産様式の違いを指摘しながら、個を深め、いのちの存在基盤やルーツといった足元に降りていくような知の重要性に言及しました。
東京工業大学リベラルアーツ研究教育院・西田亮介准教授は、大学、大学人への「不信頼」の構造を分析しつつ、それらの悪循環を通じて、大学、大学人にイノベーションの源泉になるような専門知の深化、活力や余裕が生まれにくくなっていることに言及しました。こうした状況を打開するには、一層の専門深化のみならず、社会のステークホルダーとの関係を深め、社会へ還元することが必須であると指摘。大学と大学人の公共的役割は、専門分野を超えた社会的役割であるとして、大学と大学人が公共的役割を果たすことは自明ではないと指摘し、社会にしっかりと説明し理解を求めていくこと、信頼醸成への努力の必要性を指摘しました。
広島大学大学院人間科学研究科・福本江利子特任助教は、研究分野だけでなくスタイル、価値観など研究者の多様性、研究者のライフサイクルと報酬、評価、認知とのギャップ、研究に関するシステムの非常に複雑な仕組みなどに言及しました。そのうえで、研究や大学にある公共インフラとしての側面に着目し、その価値や機能について、大学や研究者だけでなく社会との対話が必要であると指摘しました。さらに、公共財としての認識、研究者の世代間ギャップや研究者を人間として見る視点を持って、大学や研究システム、大学と社会とをつなぐ制度や評価を「責任ある設計」にしていく必要があると述べました。
豊橋技術科学大学建築・都市システム学系・小野悠准教授は、都市工学、都市計画分野の知見を、地域の行政、企業と関わりながらまちづくりに生かしてきた経験から、公共の要としての大学について言及しました。小野准教授自身がまちづくりの現場で、専門知を提供するとともに、教育や実践、生活者など様々な活動を行い、それらは互いに絡み合い切り離せないものであると指摘。そのうえで、大学は地域と科学をつなぐ役割を果たすという視点から、地域は複雑であり、短期的な採算性だけにとらわれない長期的な視点が不可欠であると指摘しました。さらに、研究者の様々な活動が相互に影響し合うことから、その一部を抜き出した評価は、実践とのギャップを生じさせることにも言及しました。
企業から参加した株式会社メルカリR4Dオペレーションズマネージャー・多湖真琴さんは、まず、メルカリの社会実装を目的とした研究開発組織「R4D」のコンセプトや、ELSI、コミュニケーション研究など人文社会科学系の研究者との協働について紹介しました。そのうえで、企業から見る人社分野の連携について、学術的価値や有用性、連携の効果が見えづらい、そもそも大学と連携するという発想に至らないといった問題点を指摘。大学だけでなく企業も参加するようなコミュニティ活動を積極的に行い、企業側、大学側の両面から価値を積極的に発信していく必要性を指摘しました。
視聴者参加でより掘り下げた議論
後半は、パネリストによる討論と質疑応答が行われました。パネリストによる討論では、標葉准教授がパネラーの発表からいくつかの論点を抽出し、議論を深めていきました。まず、研究者の諸活動が切り分けられない点について、それぞれの活動の位置づけや意味は活動中には説明できないし共有しにくいこと、地域で大学人への信頼が失墜している場合に、専門知を実践に活用してはいても論文などの研究活動はできないというケースも指摘されました。多様な活動の評価の問題と、他のコミュニティでのアカデミアとしての振る舞い方の問題が延長線上にあることが示唆されました。さらに、評価の問題として、地域での活動をうまく評価に取り入れないことが、結局は、社会的責任が果たせないことにつながっていくのではないかという危機感、本来、多角的に評価されるはずの研究者が一元的な尺度で評価される問題点、信頼を得られていない状態から公共的役割を果たすためには従来とは違ったアプローチが必要なことなども指摘されました。そのうえで、大学、大学人がどのように信頼を獲得していくかという議論へと展開。企業倫理などの方針を決定する際には、誰と話して決めたかなどプロセスや手続きを公開することが納得感につながるという指摘から、評価基準について、アカデミアの中でも透明性が担保されていないという問題点が浮かび上がりました。
その後に行われた質疑応答では、視聴者からの質問が非常に多く寄せられ、議論が一層深まりを見せました。その一つは、大学・大学人の評価制度の問題です。当事者の要望を抜きにした評価制度の設計、任期付き雇用の増加と評価の問題、アメリカの研究者雇用との比較、大学院生の教育についても指摘がありました。
また、社会など公共の場と大学、大学人との関わりについても、大学や研究者の使命・役割をはじめとして非常にたくさんの論点が出されました。公共の場への参加の際の公正性の基準をどこに置くかという問いかけについては、最もvulnerable(脆弱)なところにたまる声に社会の矛盾が投影されているという指摘や、人文社会科学系の表に出てこないもの、目に見えない問題の可視化という役割にも言及されました。また、アカデミアが地域に入ることによる影響もテーマになりました。介入される地域住民の側に、研究者に振り回されないしたたかさが必要であり、それをどう身につけられるのかも一つの課題であるという指摘や、研究者の存在を実践や対話を通して知ってもらうことで付き合い方がわかってくるという指摘もありました。
社会と研究者との関わりという意味でのロールモデルが存在するかという問いには、ロールモデルはあったが同じようにはふるまえない、関係は時代によって変わるから自分でつくるしかない、研究者・専門家の意見も多様であることを伝えることもロールモデルの一つになるなどの意見が出されました。さらに、社会との距離が近づくからこそ起こる問題として、意図せず何かの勢力に加担する可能性と、それが研究者の信頼失墜にも関わるという指摘があり、よい緊張関係を保つ必要性にも言及されました。
社会の人文社会科学系へのニーズにも議論は及びました。社会課題に応えるタイプ、問い直すタイプの研究者など多様性がある中で、それぞれの役割があることに言及。そのような様々な研究者を使い切れるエコシステムの構築という課題が提示されました。
このシンポジウムで出てきた多様な論点は、様々な立場にある研究者はもちろん、また社会の様々なステークホルダーにも共通した問題意識でもあります。今回の議論を生かした課題の設定、より幅広い議論のできる環境構築の必要性が改めて確認できる機会になりました。
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記事(速報編):第2回シンポジウム
シンポジウムの概要は、以下よりご覧ください。
文部科学省委託事業「人文学・社会科学を軸とした学術知共創プロジェクト」
第2回シンポジウム
未来につなぐ知ー公共の要としての大学授